前回の記事の中で、「メディアはスルースキルをもったほうがいい」と論じました。しかし考えてみれば、社会全体にスルースキルが求められる時代なんじゃないかなあ、とも思います。
人は匿名になると無責任になります。ファンサイトや掲示板が生まれると同時に発生したのが、誹謗中傷を繰り返す、いわゆる「荒らし」行為でした。
ネットコミュニケーションの原則として、「荒らし」は無視するのが最良です。「荒らし」には意見があるわけではなく、他人を攻撃することが目的なので、真面目に応対しても火種を与えるだけだからです。「荒らしに反応したら荒らし」と言われるのはそのためです。
現実の人間関係において、無視はあまり良いこととされませんが、ネットでは必須の行為です。このように、ネットという特殊な環境でコミュニケーションをとるには専用のスキルが必要です。誹謗中傷をあえて無視する技能は、「スルースキル」と呼ばれています。
そのような「クレーム」をどのように扱うかは、企業にとって非常に大切な問題です。私もかつて上司に、
一つのクレームの裏には、口には出さないが同じ不満をもっている大勢のお客様がいると思いなさい。クレームを言うには勇気も労力もいる。企業や商品に興味をもっているからクレームに及ぶわけで、適切に対応すれば、お客様との良い関係につながるんだ。
と指導を受けたことがあります。
それまでクレーマーを単なるうるさい勘違い野郎だと思っていた私にとって、目からうろことなる助言でした。これが企業の良識です。ユーザーの意見には必ず形ある対応をしてきました。
これは公共の福祉に寄与する公的機関も同じでしょう。たとえ攻撃的なクレームでも、みんなの幸せを願って言ってくれている意見なのだから、できる限りの対応をしよう、と。
クレームを言うのに、勇気も労力もいらなくなったからです。憂さ晴らしをしたいだけのクレーマーは、匿名のメールを何度でも簡単に送ることができます。これにより、「労力をかけてクレームを言う人は、商品やサービスに興味をもっている」というこれまでの説は成り立たなくなったと言えます。
攻撃が主な目的であるクレーマーには、「モンスター・クレーマー」と「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー」がいます。どちらも意味に幅のある言葉ですが、簡単に説明します。ここで挙げている意味がすべてではありません。
「モンスター・クレーマー」は、理不尽・非常識な要求をする人のことです。暴言や暴力を伴うこともあります。その目的は金銭・物品だったり憂さ晴らしだったりして、主張が短絡的な場合に、多くこの名称が用いられます。
「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー」は、社会正義のために私刑を下す人に対する呼称です。本人は社会のためを思って行動していますが、言い返せない立場の人間を過剰に攻撃することによって満足感を得ています。SNSでの炎上の多くが、彼らによるものという研究があります。
攻撃目的のクレーマーが急増している現在。
「ユーザーの要求にはできる限り応える」という姿勢は、逆に「荒らし」を増長させる可能性を孕んでおり、見直される時期に来ていると私は思います。できる限りの行動で応えるべきなのか、それとも説明してわかってもらうべきなのかをきちんと判断することが大切です。
次の事例では、どのような対応が考えられるでしょうか。
2018年9月、あるバス運転士のコメントが話題となりました。
「運転士同士が、運転中に手を挙げて挨拶していた。怖いからやめてほしい」という苦情が寄せられたため、営業所は挙手による挨拶を禁止した、というもの。しかし挙手が危険だと言うなら、ハンドルから手を放してギアを変速することも、アナウンスのスイッチを押すことも危険行為になってしまいます。そう考えると、この方が本当に、挙手に耐えられないほどの恐怖を感じているのか、疑問を抱いてしまいます。
事業所は、「安全性に問題はありません。必要なコミュニケーションです」と説明すれば十分だったのではないでしょうか。
grape
バス営業所に「挙手挨拶をやめろ」とクレーム 禁止令が出た後、運転手たちがとった行動は
また、2017年4月、ツイッターにある画像が投稿され、多くのコメントが寄せられました。
これは、船橋市消防局が作成し、市内の医療機関に掲出した告知です。「食事をとることにご理解をお願いします」という告知の背景には、「食事を買うな・とるな」という苦情が透けて見えます。
ツイッターでは、苦情を言う人や社会に批判が集まり、救急隊を擁護する声が多く見られました。ですが、私は消防局の対応にも疑問を抱きます。こんなことを続けていたら、いずれ用を足すにも許可が必要になってしまいそうです。
with news
「救急隊員の食事、ご理解を…」 病院内のおことわり文は必要か?
知人の学校に、「先生がコンビニでタバコを吸っている。やめさせてほしい」という苦情があったそうです。勤務時間外にタバコを吸おうが酒を飲もうが、それは個人の自由のはずです。しかし校長は喫煙者の教員に対し、校区でタバコを吸わないように指導しました。
その方なりに子供のためを思っての部分もあることでしょうが、受け入れるべき要求ではないでしょう。権利を自ら手放して、自分たちの首を絞めているように思えます。本当の意味での"claim"=「権利の主張」をしてほしいものです。
これらの事例で寄せられた苦情は、いずれも受け入れるべきではなく、話して理解してもらうべきものです。にもかかわらず、「要求にはできる限り応える」という旧来の姿勢をとったことで、職員が働きにくい環境を作ってしまいました。
さらに、もしもこれらの苦情が攻撃目的だった場合、クレーマーは味を占め、要求がエスカレートする可能性があります。
ユーザーの声には真摯に耳を傾け、改善するべきか、それとも理解を求めるべきかをしっかりと判断して対応していきましょう。過度に弱腰になったり、要求を鵜呑みにすることはしない。それが社会に求められるスルースキルだと思います。
新しいネット社会の特性を理解することも重要です。とくに教員は、子供たちのネットリテラシー育成に関わる立場ですから、知識やスキルを身に付ける必要があります。
こちらの資料は、「炎上」や「不寛容社会」の構造について、「え、これ無料で読めるの!?」というくらい詳しいので、興味がある方にお勧めします。
農林水産省
統計分析が明らかにする炎上の実態/対策とネットメディア活用法
スルースキルってなんやねん
インターネットの普及は、情報分野にあらゆる意味での革命を起こしました。その一つが、匿名性の向上です。インターネットによって、匿名性を保ったまま、双方向にメッセージを伝えることが可能になりました。人は匿名になると無責任になります。ファンサイトや掲示板が生まれると同時に発生したのが、誹謗中傷を繰り返す、いわゆる「荒らし」行為でした。
ネットコミュニケーションの原則として、「荒らし」は無視するのが最良です。「荒らし」には意見があるわけではなく、他人を攻撃することが目的なので、真面目に応対しても火種を与えるだけだからです。「荒らしに反応したら荒らし」と言われるのはそのためです。
現実の人間関係において、無視はあまり良いこととされませんが、ネットでは必須の行為です。このように、ネットという特殊な環境でコミュニケーションをとるには専用のスキルが必要です。誹謗中傷をあえて無視する技能は、「スルースキル」と呼ばれています。
スルースキル = 攻撃を沈静化するため、あえて無視する技能
企業や公的機関のこれまで
「クレーム」とは、そもそも「正当な権利を主張する」という意味の英語ですが、日本では「文句・言いがかり」という意味で用いられています。そのような「クレーム」をどのように扱うかは、企業にとって非常に大切な問題です。私もかつて上司に、
一つのクレームの裏には、口には出さないが同じ不満をもっている大勢のお客様がいると思いなさい。クレームを言うには勇気も労力もいる。企業や商品に興味をもっているからクレームに及ぶわけで、適切に対応すれば、お客様との良い関係につながるんだ。
それまでクレーマーを単なるうるさい勘違い野郎だと思っていた私にとって、目からうろことなる助言でした。これが企業の良識です。ユーザーの意見には必ず形ある対応をしてきました。
これは公共の福祉に寄与する公的機関も同じでしょう。たとえ攻撃的なクレームでも、みんなの幸せを願って言ってくれている意見なのだから、できる限りの対応をしよう、と。
鉄則の崩壊
しかし、インターネットの普及によって、その前提が崩壊しました。クレームを言うのに、勇気も労力もいらなくなったからです。憂さ晴らしをしたいだけのクレーマーは、匿名のメールを何度でも簡単に送ることができます。これにより、「労力をかけてクレームを言う人は、商品やサービスに興味をもっている」というこれまでの説は成り立たなくなったと言えます。
攻撃が主な目的であるクレーマーには、「モンスター・クレーマー」と「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー」がいます。どちらも意味に幅のある言葉ですが、簡単に説明します。ここで挙げている意味がすべてではありません。
「モンスター・クレーマー」は、理不尽・非常識な要求をする人のことです。暴言や暴力を伴うこともあります。その目的は金銭・物品だったり憂さ晴らしだったりして、主張が短絡的な場合に、多くこの名称が用いられます。
「ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー」は、社会正義のために私刑を下す人に対する呼称です。本人は社会のためを思って行動していますが、言い返せない立場の人間を過剰に攻撃することによって満足感を得ています。SNSでの炎上の多くが、彼らによるものという研究があります。
攻撃目的のクレーマーが急増している現在。
「ユーザーの要求にはできる限り応える」という姿勢は、逆に「荒らし」を増長させる可能性を孕んでおり、見直される時期に来ていると私は思います。できる限りの行動で応えるべきなのか、それとも説明してわかってもらうべきなのかをきちんと判断することが大切です。
次の事例では、どのような対応が考えられるでしょうか。
運転中に挨拶は危険?
2018年9月、あるバス運転士のコメントが話題となりました。
「運転士同士が、運転中に手を挙げて挨拶していた。怖いからやめてほしい」という苦情が寄せられたため、営業所は挙手による挨拶を禁止した、というもの。しかし挙手が危険だと言うなら、ハンドルから手を放してギアを変速することも、アナウンスのスイッチを押すことも危険行為になってしまいます。そう考えると、この方が本当に、挙手に耐えられないほどの恐怖を感じているのか、疑問を抱いてしまいます。
事業所は、「安全性に問題はありません。必要なコミュニケーションです」と説明すれば十分だったのではないでしょうか。
grape
バス営業所に「挙手挨拶をやめろ」とクレーム 禁止令が出た後、運転手たちがとった行動は
飲食を摂ることにご理解を
また、2017年4月、ツイッターにある画像が投稿され、多くのコメントが寄せられました。
これは、船橋市消防局が作成し、市内の医療機関に掲出した告知です。「食事をとることにご理解をお願いします」という告知の背景には、「食事を買うな・とるな」という苦情が透けて見えます。
ツイッターでは、苦情を言う人や社会に批判が集まり、救急隊を擁護する声が多く見られました。ですが、私は消防局の対応にも疑問を抱きます。こんなことを続けていたら、いずれ用を足すにも許可が必要になってしまいそうです。
with news
「救急隊員の食事、ご理解を…」 病院内のおことわり文は必要か?
先生はタバコを吸っちゃダメ!?
知人の学校に、「先生がコンビニでタバコを吸っている。やめさせてほしい」という苦情があったそうです。勤務時間外にタバコを吸おうが酒を飲もうが、それは個人の自由のはずです。しかし校長は喫煙者の教員に対し、校区でタバコを吸わないように指導しました。
その方なりに子供のためを思っての部分もあることでしょうが、受け入れるべき要求ではないでしょう。権利を自ら手放して、自分たちの首を絞めているように思えます。本当の意味での"claim"=「権利の主張」をしてほしいものです。
これらの事例で寄せられた苦情は、いずれも受け入れるべきではなく、話して理解してもらうべきものです。にもかかわらず、「要求にはできる限り応える」という旧来の姿勢をとったことで、職員が働きにくい環境を作ってしまいました。
さらに、もしもこれらの苦情が攻撃目的だった場合、クレーマーは味を占め、要求がエスカレートする可能性があります。
社会に求められる新しい対応
現代の社会では、インターネットやSNSの普及により、困っている人が声を上げやすくなった一方で、攻撃目的のクレームも言いやすくなっています。ユーザーの声には真摯に耳を傾け、改善するべきか、それとも理解を求めるべきかをしっかりと判断して対応していきましょう。過度に弱腰になったり、要求を鵜呑みにすることはしない。それが社会に求められるスルースキルだと思います。
新しいネット社会の特性を理解することも重要です。とくに教員は、子供たちのネットリテラシー育成に関わる立場ですから、知識やスキルを身に付ける必要があります。
こちらの資料は、「炎上」や「不寛容社会」の構造について、「え、これ無料で読めるの!?」というくらい詳しいので、興味がある方にお勧めします。
農林水産省
統計分析が明らかにする炎上の実態/対策とネットメディア活用法