「ブラック校則」5項目廃止 どうなの? How about abolishing five "black school rules?"


 

都立高校が、「髪を一律に黒く染めさせる」などの“ブラック校則”5項目について、2022年4月から全廃することが明らかになった。

F N N プライムオンライン 2022年3月13日


簡単に解説

「ブラック校則」って何?……と聞かれるときちんとは答えられないのですが、「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトのウェブサイトにある定義が、私の感覚とも一致していますので引用します。


一般社会から見れば明らかにおかしい校則や生徒心得、学校独自ルールなどの総称

「ブラック校則をなくそう!」プロジェクト


ニュースメディアでは「人権を侵害する不合理な校則」とも説明されています。


つぎに時期です。「令和4年4月から」と各所で報じられていますね。これだけ聞くと、あたかも3月まで存在する校則が4月から一斉に廃止になるかのような印象をもたれると思いますが、誤解です。後述しますが、今回報じられた5項目に該当する指導は、令和3年12月の時点で廃止されています。




廃止された5項目は以下の通り


  • 髪を一律に黒に染色
  • 「ツーブロック」を禁止する指導
  • 登校しての謹慎(別室指導)ではなく、自宅謹慎を行う指導
  • 下着の色の指定に関する指導
  • 「高校生らしい」等、表現があいまいで誤解を招く指導


評価できるのは、「校則」ではなく「指導」を禁止した点です。生徒手帳の文面から削除しただけで、指導が継続されていたら意味がないですからね。メディアでは「ブラック校則5項目が廃止」と報じられていますが、実際に廃止されたのは校則および指導です。これは大事なところですね。


以上、事実の解説でした。




記事のスタンス

この記事のスタンスも先に簡単に書いちゃいますね。


校則は、これまで定期的・全体的な見直しが行われず、各校判断で定められてきました。そのことが、規則と実情のずれや、いきすぎた指導を生じる原因だったと感じます。そこに今回、東京都教育委員会が全都での見直しを行ったのはとてもグッドですね。これにいたるまで、さまざまな人達が努力を続けられたことと思います。素敵です。


理不尽な校則、あるいは人権を侵害するような指導については、引き続き監視と管理が必要です。学校や子供の人権について、社会の関心が高まっているのはすばらしいことですね。




それをふまえて、この記事では、5項目の廃止は適切だったのかという点を中心に考えていきたいと思います。






校則への関心が高まっている

校則をとりまくここ数年の社会の動きをもう少しくわしく振り返ってみましょう。そもそも、「ブラック校則」という言葉が使われ始めたのはいつ頃でしょうか。それは、ある事件に端を発します。




大阪府洗髪強要訴訟

2017年、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう教諭らから何度も指導され精神的な苦痛を受けたとして、大阪府立高校3年の女子生徒が、府に賠償を求める訴訟を起こしました。


訴状によると、生徒の母親は2015年4月の入学時、生徒の髪が生まれつき茶色いことを学校側に説明。黒染めを強要しないよう求めた。しかし教諭らは、染色や脱色を禁じる「生徒心得」を理由に、黒く染めるよう指導した。「生来的に金髪の外国人留学生でも、規則では黒染めをさせることになる」とも述べたという。


生徒は黒染めに応じていたが、色が戻るたびに染め直すよう指示され、2年次の16年9月には黒染めが不十分だとして授業への出席を禁じられた。翌10月の修学旅行への参加も認められず、現在も不登校が続いているという。10月27日に第1回口頭弁論があり、府は請求棄却を求め、争う姿勢を示した。

朝日新聞デジタル 2017年10月27日



荻上チキ氏「ブラック校則」

翌10月28日に、TBSラジオで放送されていた『荻上チキ・Session-22』という番組の中で、教育評論家・NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表である荻上チキ氏が、校則をめぐる問題について論じました。「ブラック校則」という言葉は、氏がここで用いたことによって広まりました(独自研究)。


校則を見直そうという社会の機運がいつ頃から高まりを見せたかという明確な地点を求めることは困難ですが、少なくとも荻上チキ氏の問題提起と「ブラック校則」という言葉が果たした役割は大きいといえるでしょう。


さらに同年12月には、学習支援やいじめ問題に取り組むNPO法人らが文科省内で記者会見し、「『ブラック校則をなくそう!』プロジェクト」の発足を発表しました。


「ブラック校則をなくそう!」プロジェクト




都議会ツーブロック質疑

2020年3月12日の東京都議会において、日本共産党の池川友一議員より、藤田裕二教育長に対して、都立高校の校則に関する質問がありました。


池川委員

実際に、なぜこの髪型はだめなのかという生徒からの質問に対して、教師の側からは、ルールで決まっているから、校則で決まっているからの一点張りであったという話が幾つも寄せられております。(略)なぜ、ツーブロックはだめなんでしょうか。


藤田教育長

(略)その理由といたしましては、外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めているものでございます。


池川委員

つまり、今の話は、ツーブロックにすると事件や事故に遭う可能性があると。率直にいって意味不明ですよ。驚きの答弁だと思います。ツーブロックだと事件や事故に遭うという、トラブルに遭いやすいという、そんなデータが一体あるんですか。しかも、トラブルに遭ったのは、あなたの髪型に問題があるというメッセージとして伝わりかねません。

東京都議会 予算特別委員会速記録 2020年3月12日


質疑の様子は池川友一議員のTwitterに公開され、大きな反響を呼びました。ワイドショーでも取り上げられ、校則への注目が集まりました。


この質疑そのものについての私の考えは、また別に記したいと思います。




都立高校、校則の見直し

2021年3月から12月にかけて、都立高校において校則の見直しが行われました。これにより、先に上げた5項目の指導は、都立高校のすべての課程で廃止されることとなりました。

「令和4年4月から廃止」は、これら見直しの結果を発表したものといえます。




以上、校則をめぐる近年の社会情勢でした。

続いてこれらに関する私の考えを述べたいと思います。






5項目廃止は適切だった?

先に結論を述べれば、今回の5項目の中には、撤廃すべきものも、そうでないものもあったといえます。順に見ていきましょう。




1 髪を一律に黒に染色

これは悪法です。廃止しましょう。

誰にでも生来の姿で生きる権利があります。

あと、全員が黒髪に染色すべきという教育上の理由もないので。


というかこれは書き方が悪いですよね。「頭髪を地毛と異なる色に染めたり脱色したりすることを禁じる」にすればいい。

……その書き方だと白髪染めも禁止されるんじゃないかって? そんなんいいに決まってるだろ。社会常識に照らし合わせて柔軟に解釈しろ。


もしあなたが「頭髪の染色と脱色を禁じる」も人権に障ると感じるならば、私の別の記事を読んでください。ここで書くと話が大きくなりすぎるので。




2 「ツーブロック」禁止

これも廃止は妥当です。妥当ですが、それは現在の話です。過去のある時期においては合理性が認められます。


2020年3月の都議会の時点では、ツーブロックはかなり一般的なヘアスタイルとして受け入れられていたと感じます。ちょうどツーブロックマッシュが死ぬほど流行っていた時期です。ビジネスの髪型としてもアリになっていた印象があります。学生の髪型としても問題のない範囲だったといえるでしょう。


私が中学教員だった2014年の話をしますが、『R.Y.U.S.E.I.』がリリースされた年で、三代目 J Soul Brothersの人気がヤバいことになっていました。クラスの流行りに敏感な男子たちはこぞってツーブロックにし、なんとかごまかしてワックスで髪を立ち上げ、アシンメトリーにし、たまに剃りこみでラインなんかを入れては怒られていました。

当時のツーブロックは、「ちょっとワルくてかっこいい」髪型でした。フォーマルな場では受け入れられていなかった印象です。社会に受け入れられていない以上は、学校でも認めるわけにはいきません。


「ツーブロック禁止」の校則は、施行時には合理性があったものの、世情と一致しなくなったため廃止となりました。したがって、この指導が「人権を侵害するブラック校則」とまで言われることには違和感を覚えます。このことで、今後このような髪型を制限する指導がすべてブラック校則であるかのように誤認されてしまうのではないか……という懸念が残ります。




3 自宅謹慎

自宅謹慎ってそんなに問題になったっけ?……と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。先述の「『ブラック校則をなくそう!』プロジェクト」のウェブサイトを見ても例示されていません。


自宅謹慎は、生徒の学習の機会を奪うこと、教員の監督が難しいことなどの理由により、慎重な運用が求められる懲戒です。事前に基準を説明することや、期間の設定、生徒や保護者の同意、家庭訪問など、さまざまな対応が必要になります。それらが不十分なまま運用すれば、教育的効果は得られず、問題を抱えた生徒を学校から放り出しただけとなってしまいます。


東京都が自宅謹慎を廃止する理由は、私が調べた範囲では不明です。予想するならば、教育的効果がうまく得られないケースが多かったということではないでしょうか。




4 下着の色の指定

プライバシーの侵害であると問題になっている校則です。下着の色は個人の自由であると、多くの人が感じることでしょう。


ですが、実際には下着の色は、公序良俗に関わる問題です。社会人がスーツと合わせて白いシャツを着る際には、下着の色が透けないように気をつけますよね。学校は小さな社会ですから、そのようなマナーについても指導していく必要があります。「プライバシーに関わるから」という理由で一切の指導を廃止するのは、あまりに軽々な判断だと思います。



下着に関する指導は、生徒のプライバシーに関与しますから、指導される生徒のストレスも大きくなります。全体への指導はともかくとして、個別の指導にあたっては同性の教員が対応するなど、セクシャルハラスメントとならないような配慮が必要です。




5 「高校生らしい」等、表現があいまいで誤解を招く指導

これはマジで何を言っているのかわからない。


マナー、良識、道徳といったものに、誰もが納得する正解などありません。曖昧な表現で指導するなと言われたら、道徳の教育は土台無理です。


法律を見てみましょう。刑法では、「わいせつな」行為を禁止しています。自動車運転死傷行為処罰法では、「制御できない速度」での運転を禁止しています。これらの言葉には、誰もが納得できるような定義はありません。ですが、表現に曖昧さがあるからこそ、さまざまな状況に対して柔軟に対応できるようになっているのです。


それに今回の改訂ですが、「あいまいな表現」の定義そのものが曖昧ですよね。どこからが「あいまい」でどこからが「あいまいではない」のか決めなかったら、廃止しろと言われても現場が混乱するだけです。


そういうわけで、この項目は全方向から終わっています。




5項目まとめ

以上、順に見てきましたが、一般社会とのずれが大きく、明確に人権を侵害している項目は「1 髪を一律に黒に染色」のみだといえます。


とくに疑問なのが「4 下着の色の指定」と「5 高校生らしい・あいまいな表現」の廃止です。行き過ぎた指導・不適切な指導が問題となっているならば指導法を改めるべきであり、「指導するな」とするのは間違っています。


したがって、メディアがこれら5項目を「ブラック校則」としてひとつのカテゴリにまとめて報じるのは、実態と異なっていると言わざるを得ません。






なぜ5項目は廃止となったのか

それでは、どうして今回これらの5項目が廃止という決定にいたったのでしょうか。


東京都教育委員会が発表している都立高等学校等における校則等に関する取組状況についてという資料によれば、「都教委が6項目を提示して、生徒・保護者・教員が話し合った結果、5項目が廃止となった(意訳)」となっています。つまり、東京都教育委員会が廃止を命じたのではなく、各学校において協議した結果だったと説明されています。


この説明には疑問が残ります。まず、この6項目を提示した理由が明らかにされていません。次に、うち5項目について、すべての学校で話し合った結論が一致しているのも不自然です。


都立高等学校等における校則等に関する取組状況について 2022年3月10日


いくらなんでもこの結果を見て、各学校の生徒・保護者・教員が主体的に話し合ったことによる合意だと解釈するのは無理があります。5項目廃止について、教育委員会が主体であったことは疑いようがありません。


この5項目が提示された理由は今をもって不明ですが、少なくとも十分な議論がなされていないことは確かです。実質的な問題を捉えて選出したというよりは、世間で「ブラック校則」と話題になっているから選んだという印象を受けます。「世間で叩かれているから、十分な議論もせずに廃止にしてとにかく火を消したかった」、もしくは「話題のブラック校則を廃止して、全国に率先して社会の声に対応したという姿勢を見せたかった」のではないかと邪推してしまいます。後々問題が発生しても、「各校の生徒・保護者・教員の判断でやったこと」と言い訳が立ちますしね。




理由を明確にしないことによる問題

東京都教育委員会は、5項目廃止の理由を明確にしていません。これでは指導される生徒にも、指導する教員にも、校則の何が問題だったのかという一番大切な部分が共有されません。


さらに、5項目中4項目が、見た目に関する指導だったということ。これにより、「見た目に関する指導はブラック校則なんだ! 人権侵害なんだ!」という誤解が広まる懸念もあります。






まとめ

校則をめぐるここ数年の世情と、2022年3月発表の「ブラック校則5項目廃止」についてお伝えしました。


社会における校則への関心が高まったこと、都立高校全体での見直しが行われたことは、歓迎すべき動きです。




しかし、今回都教委が発表した5項目の廃止については、


① 項目選定および廃止の理由が説明されていない

② 都教委主体でありながら、各学校の自主的な判断としている

③ 項目4,5の廃止は不適切


などの理由により、決して喜べるものではありませんでした。これでは規則に対する生徒の理解も深まりませんし、現場の指導もうまくいかなくなります。


「世間でブラック校則と叩かれているから廃止すべきだ」とか、「ブラック校則が廃止と報じられているから喜ばしい」とか、そういう単純な意見に飲み込まれないようにしてください。子供たちの人権を守り、規則を理解する態度を育むためには、私たちが、規則に対する理解をこれまで以上に深めていかなくてはならないのです。