君は鳥居裁判を知るべきだ You should know "Torii's trial"



今回は、教員の部活動や残業の実情、そして法規について、ある程度知っている方向けの記事です。前回よりも簡単に書くつもりだったのに、案の定クソ長くなってしまいました。

日本最大のブラック企業についてざっくり知りたい方は、先に以下の記事を読んでいただけると幸いです。もっとくわしく知りたい方は、当ブログをブックマークするか、実際に就職するのがおすすめです。

残業手当はゼロ Overtime pay is zero
部活動は無給 School club "Bukatsu" is a unpaid work
顧問は職務じゃない!? Isn't an manager official work !?



残業と部活動指導についておさらい


公立学校の先生がこの先生き残っていくためには、戦わなくてはならない相手がいくつもいます。教師、ひいては生徒を苦しめている元凶というべきシステムの一つが、教員の残業であり、部活動指導です。

※ 現行の制度に問題を提起していますが、部活動やその指導の意義を否定する立場ではありません。


簡単におさらいしましょう。

おさらい
公立学校の教員には、残業手当・休日出勤の給与は支給されない。
部活動の指導は、無給・無保証。

いつ聞いても斬新ですね。
ブラックなどという言葉ではもはや生ぬるいこれら暗黒の制度に対して、行政の公的な回答は以下の通りです。
  • 教員に残業なんて存在しません。だって残業しろとは言ってませんから。あ、勤務時間内に終わらなかった仕事は、私的な時間をいくらでも使ってやってくださいね。
  • 部活の顧問を職務命令しましたが、職務ではないので給与は出ませんよ。もちろん公務ではないので公務災害補償もしませんし、休日勤務にもなりません。もし過労死しても労災認定しません
  • 部活動の指導は公務や職務や校務や勤務ではありませんが本務であるとともに付加的な職務ですから、職務同様に責任をもってやってください。
  • これらはボランティアではないけれど、自発的行為ですからね。

「職務命令したが職務ではない」、「公務ではないが本務」、「ボランティアではないが自発的行為」……言葉遊びのお祭りです。「食べろとは言ったけど食べ物だとは言ってない」という理屈です。食べろと言われたら食べ物だと思うに決まっているし、働けと言われたら職務だと思うに決まっています。

そして、「死ぬほど仕事を与えてはいるが、勤務時間外にやれとは言ってない」という弁明。感覚としては、「貧しい子供たちが雇ってくれって頼むから、安値で働かせてやってるんだ」とか、「性的に暴行したけど明確な拒否はなかった」みたいな犯罪者の理屈に、限りなく近いものを感じます。「他に選択肢のない弱者が虐げられるのは本人の責任」理論です。今何世紀?

これ、私がふざけて書いているわけじゃないですからね。
すべて文科省の答申および公務災害補償基金の主張をまとめたものです。出典は過去の記事および下記をご覧ください。


さて、この誰がどう見てもまかり通るはずのない屁理屈に従って教員は酷使されています。正直なところ、愚直すぎてあまり教員に同情できません。とはいえ、こんな理屈がまかり通っていいはずもありません。行政が屁理屈を言うなら、それを律するのは司法の役割です。

さて、司法の判断は!?



最高裁がレッドカード! 通称「鳥居裁判」


結論から言うと、この問題に関しては、きわめて常識的な判決が下っています。

その裁判とは、2002年に愛知県の中学校の教員であった鳥居健仁さん(当時42歳)が、過労の末に脳出血で倒れたにもかかわらず、2005年に地方公務災害補償基金が「公務災害外である」と不当な処分をした、「公務外認定処分取消請求事件」における裁判、通称「鳥居裁判」です。2015年2月結審。


事件のあらまし

陸上部顧問

愛知県の中学校の数学科の教諭であった鳥居健司さん(当時42歳)は、1999年4月1日、当時の勤務地である中学校に赴任し、同時に陸上部の顧問を命じられた。全国大会出場を目標とする陸上部の活動は、放課後・土日・長期休業を問わず行われた。

同中学校のある豊橋市では、部活動を日曜日に行うことは禁止されていた。しかし、「地域クラブ活動」と名前を変え、陸上部の練習は行われていた

発症

2002年9月13(金)・14日(土)は、同中学校における学園祭であった。
学園祭の準備には夏休み中から多大な時間を要したうえ、前日12日(木)に、鳥居さんは学校に泊まり込みで警備を行った。この1か月の時間外労働時間は122時間(1審)にのぼり、疲労は限界に達していた。

13日の午前中、運動指導中に倒れ、病院に救急搬送された。昏睡状態に陥り、緊急手術となった。診断は脳内血腫(いわゆる脳出血)であった。一命をとりとめたものの、左半身麻痺の後遺症に苦しみ、退職を余儀なくされた。

労災を請求

2002年10月9日、鳥居さんは地方公務員災害補償基金愛知県支部に対し、公務災害認定請求を行った。

地公災が請求を棄却

2005年年8月10日、地方公務員災害補償基金愛知県支部は、鳥居さんの脳出血を公務外の災害と認定。同月18日、その旨を鳥居さんに通知した。その後、鳥居さんは審査請求、再審査請求を行ったが、いずれも棄却された。

鳥居さんは名古屋地方裁判所に提訴。

鳥居さんの全面勝訴

2011年6月29日、名古屋地方裁判所は、地公災による公務外認定処分は違法であると判決し、取り消しを命じた。

その後、地公災は控訴するも2審棄却。さらに上告するも最高裁で棄却された。
本件は、最高裁により「教員の時間外労働は職務命令に基づく公務である」と認定された画期的判決となった。

よかった、正義はあった


参考
神奈川新聞ニュース 「勝手に働きすぎ」と言わせず 教職現場の包括的命令、最高裁認める



地公災の主張

裁判の争点は、「教員の時間外労働は公務である」と認められるかどうかでした。
公務ではないとする地公災の主張は以下のような内容でした。
  • 勤務時間外の教材研究、学園祭の準備、泊まり込みの警備、夏休みに行った勉強と水泳の指導について、職務命令はされなかったので、公務には含まれない
  • 地域クラブは、学校と別の組織なので、その指導は公務に含まれない。
  • 教育職員の業務は裁量の余地が大きく、発症前は夏休みで公務は閑散であったから、一般の公務員の労働負荷よりも低かった。
  • 脳出血は鳥居さんの持病によるものであり、公務との因果関係はない

あっけにとられるとは、まさにこのことでしょう。
教員の仕事は時間と量に自由がきくから楽? 夏休みの公務は閑散?
暴論には言い返せますが、空論には言葉を失ってしまいます。


「勝手にやったこと」…文科省と同調


「職務命令されなかったので、公務には含まれない」というのは、文科省の答申と一致しています。先にも述べたとおり、一般の感覚に照らし合わせれば考えられない主張です。「自主的に学校に泊まり込んで警備を行っていた」なんて、事実だったらむしろやばい人でしょう。


「地域クラブ」という隠れ蓑


当時の愛知県豊橋市(および現在の愛知県)では、全国に先駆けて日曜日の部活動禁止が定められていました。その良識ある判断を踏みにじるように利用されたのが、「地域クラブ」です。

学校と市教委は、地域クラブは部活ではないとしていましたが、指導者・メンバー・活動内容・活動場所は陸上部と全く同じものでした
日曜日の部活動を禁止しておきながら、地域クラブの実態を知りつつ奨励していた市教育委員会。教員や生徒の負担軽減など頭になく、新しい事業の立ち上げ、それが活発だという事実、そして市内の学校の部活の成果、そういった外側の成果だけを欲していたと思われても仕方がないでしょう。

※ 調べた限りでは、2018年現在そのような実態は確認できませんでした。



地方公務員災害補償基金について

地方公務員災害補償基金は、地方公共団体の負担金によって運営されている地方共同法人です。地方公務員にとっての労働基準監督署にあたる機関で、教員を守る立場にあるとされています。

公務災害に遭った教員を守る立場にある地公災が、なぜかくも冷酷無比なる主張によって本件を公務災害ではないと主張し続けたのでしょうか。


これは想像するほかありませんが、地公災もそうせざるを得なかったのではないでしょうか。なぜなら、もし本件を公務災害と認めてしまったら、今後は同様の請求が堰を切ったように押し寄せてきて、基金の運営が困難になってしまう恐れがあるからです。

ご存知の通り、中学校の教員の6割が過労死ラインを超えて働いています。時間外労働を公務と認めてしまうと、この約6,000人分の補償を新たに抱えることになります。行政からは残業手当も休日勤務の給与も支給されないのですから、もし基金の運営が困難になってしまったら、教員を守る最後の砦が崩れてしまうことになるでしょう。

冷酷無比とまで言いましたが、苦渋の決断であったのかもしれません。



常識的かつ画期的な判決

本件は公務災害ではないとする地公災の主張は、地裁、高裁、最高裁のすべてにおいて棄却されました。判決の理由は、「もうほんとに当たり前のこと言ってんだけど、よくぞ言ってくれた!」というべきものでした。


(一審判決文より引用)

教育職員が所定勤務時間内に職務遂行の時間が得られなかったため,その勤務時間内に職務を終えられず,やむを得ずその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかったときは,勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても,それが社会通念上必要と認められるものである限り,包括的な職務命令に基づいた勤務時間外の職務遂行と認められ(給特法による包括的な手当で想定されている職務遂行にあたるといえよう。),指揮命令権者の事実上の拘束力下に置かれた公務にあたるというべきであり,それは,準備行為などの職務遂行に必要な付随事務についても同様というべきである。



意訳 教員が、必要な仕事が勤務時間内に終わらないので、しかたなく勤務時間外に働いたときは、たとえ「勤務時間外にやれよ」と命じられてなかったとしても、命令されてやったのと同じことだと言えるね。それと、「授業をせよ」という命令は、「授業準備をせよ」という命令も含んでいるはずだよ。これらを「包括的な職務命令」と言うよ。

だから、勤務時間外にやった大事な仕事は、全部「職務命令に基づいた公務」だと認められるんだ。

そりゃそうだよな! ありがとう、司法の良識!

出典
裁判例情報 平成20年(行ウ)第101号公務外認定処分取消請求事件


判決によって明らかになったこと

この、最高裁に支持された一審の判決によって、次の事実が明確になったと言えるでしょう。どれも大切なことなので、押さえておいてください。
  1. 必要な職務に関しては、個別の職務命令が出されていなくても、包括的な職務命令が出されたものと認められる。
  2. 1により、必要な職務を勤務時間外に行ったことで生じた災害は、公務災害と認められる。
  3. 1により、「個別の職務命令が出されていない以上、公務とは言えない」という主張は違法と認められる。
  4. 職務遂行に必要な事務は、包括的な職務命令が出されたものと認められる。

本事件は公務災害認定に関するものなので、1~3の事実が明らかにされたことが重要であり、裁判も判決もそこに重点を置いています。しかし、私は4についても特筆するべきだと考えます。

これまで、教員の行う計画・準備・片付けなどの労働は職務ではなく、教員が勝手に頑張るものとみなされてきました。「職務として、エアーズロックの上で愛を叫びなさい。でもオーストラリアまで行けとは言っていないから旅費は出しません。エアーズロックに登れとも言っていないから怪我の補償はしません」というような行政の言い分が違法であることを明言した判決を、私は高く評価します。


ただし、これらの事実は「判例」として明らかにはなりましたが、「法令」としては明記されていません。もしあなたが同じように公務災害を棄却されて訴訟を起こしたなら、高い確率で補償を勝ち取ることができるでしょう。それは大きな意味をもっていますが、私たちが最終的に望むのは、補償を得ることでしょうか。そうではなく、教員の待遇を改善し、ひいては教育の質を高めることであったはずです。そのためには、法令を変えていく必要があります


渡されたのは大きなバトンです。
私達はこれからどのように行動していくべきなのでしょうか。


次回
渡されたのは大きなバトン It is a big baton what was handed