ぶたは死ぬのが嫌だから Because the pig don't want to die

 



『ぶたがみちをゆくよ』という歌をご存知ですか。私は子供のころに一度教わって以降は聞いたことがないので、知らない人も多いと思います。

今軽く調べたところ、作詞作曲者不明で、歌詞もいろいろなバージョンがあるようです。私が教えてもらった歌詞はこうでした。


ぶたが道をゆくよ

向こうから自動車がくるよ

ぶたは死ぬのが嫌だから

自動車をよけてゆくよ


……


子供心に、「なんて内容のない歌だ」と思いました。と同時に、あまりに拍子抜けするオチに、シュールなおもしろさも感じていました。けっこう好きだったんですね。




超絶正しいぶたの行動

大人になってから考え直すと、しみじみ深くていい詩です。

”死ぬのが嫌だから、自動車をよける”

……なんてちゃんとしているんだ。ぶたのくせに。



「飛んで火に入る夏の虫」という言葉があります。私たち人間からすると、動物はときに、おいおいそりゃ死ぬでしょ、と言いたくなる行動をとることがあります。羽虫はすぐ蛍光灯のカバーに入って出られなくなるし、ミミズはアスファルトに這い出ちゃうし、魚は水槽からジャンプして飛び出るじゃないですか。

彼らは、それをやったら死ぬということを理解していない。だから死ぬ。そこへいくと、ぶたは自動車と死の因果関係を理解しています。たまたま回避したわけじゃなく、能動的に「生」を選択しているのです。立派だ。




賢い人間の行動は?

ところで、私たち人間が「飛んで火に入る夏の虫」の行動を笑えるかというと、そうでもないな、と思ってしまいます。


「過労死ライン」ってあるじゃないですか。月の残業時間が80時間を超えると過労死の危険が高まるから気をつけようね……っていう。でもそれを超えて働いている労働者があまりにも多くいるのが現状です。

考えてみてください。「死」のラインですよ。こんなにわかりやすく命の危険が警告されているのに、それを越えちゃうって、何か大切なものが麻痺しちゃってませんか。

このことを、私は知識としてよく知っていました。ずいぶん賢いでしょう? それなのに、烈火のごとく毎日13時間ノンストップで働いていたんです。そして案の定、数年で体を壊して働けなくなってしまいました。


羽虫は死ぬことを知らずに火に飛び込んでしまう。しかし人間は死ぬことがわかっているにもかかわらず、ヤバい状況に身を置いてしまうのです。神がいたら、「こいつら進化させた意味ねえな…」と嘆いていることでしょう。




人間ぜんぜん賢くない

つまり人間の判断力なんてそんなもんだということですよ。ぶたのほうが賢い。「このぶた野郎」なんて言い方はあらためて、「この人間野郎」にするべきではないでしょうか。

冗談はさておき、危険な状況にはまってしまうと、自分で抜け出すのは本当に難しい。なぜなら、めちゃくちゃヤバいところまで来ちゃっている人は、安全なところに戻るのがめちゃくちゃ遠くて大変だからです。しかも、ヤバい状況に慣れてしまって、自分ではその危なさに気づきにくくなってしまっています。



だから、ヤバい状況にいる人を助けるには、他者の手助けが不可欠です。

私の場合は、まず医者がドクターストップをかけてくれたので、幸い労働が不可能になるレベルの障害が残る程度で助かりました。あそこで仕事を止めなければ、命を失っていてもおかしくありませんでしたから。

このような強制執行は、公的機関にしかできないのではないかと感じています。仕事など、本人にとって大切なものにブレーキをかけさせるのは、家族や親友にだって荷が重いでしょう。身近な人にできるのは、医療機関につなげることや、その後のサポートだと思います。




法律ちゃんとしようマジで

あと何より言いたいのは、危険な働き方は法律で禁止しようよ、ってこと。マジで。すぐに。


たしかに私はめちゃくちゃな働き方をしていました。それで体を壊したのですから、自業自得とも言えます。

でも、望んでやっていたわけじゃないんです。同僚や上司から仕事ができないと思われたくなかった。生徒に楽しい授業をしてやりたかった。周りに迷惑をかけたくなかった……あのときの自分には、他の選択肢が取れなかったのです。たぶんみんなそうでしょう。



さっきも言いましたけど、人間ってそんなにちゃんとしてないんですよ。

公道を時速200kmでぶっ飛ばして事故ったら、たしかにそいつが悪い。たしかに悪いけれど、もし制限速度がなかったとしたらどうでしょうか。法律がなければ、事故は後を絶たないはずです。

月200時間残業している人は、200km/hで走っている車と同じです。

危ない働き方は、きちんと法律で禁止しましょう。公的機関が監査しましょう。人は、ぶたのように賢くはないのですから。