中高生が化粧しちゃいけないのはなんで? Why shouldn't students wear makeup? 


ごあいさつ

え、前に投稿したの5月じゃん!

生活が演劇に偏っていて、ぜんぜん更新していませんでした。いけねいけね。

あの、コメントくださる方々には申し訳ないのですが、コメント欄非表示にしてもいいですか。理由はあれ、コメントもらうとうれしいんだけど、ちょっとだけ疲れるからです。なんかその、わかりますか。この気持ち? すみません。


校則のはなし

最近友人から、「中学生が化粧しちゃいけないのはなんで?」と聞かれたので、ちょっと意外に感じてこの記事を書こうと思いました。

というのも、中学生から聞かれることは多いんですよ、「なんで先生は整髪料をつけていいのに、生徒はだめなんですか」とか、「ツーブロック禁止の理由がわからない」とか。でも、それはルールの成り立ちがわかっていない子供ならではの疑問なんだろうな……と思っていたのですが、意外と大人も疑問に感じているということがわかったので、書いていこうと思います。たしかに校則って、法律と違って妙に厳しいものもあって、なんで?って思うことありますよね。



私も中学生のときには、「大人はルールを作って俺たちを縛ろうとしてくる!」と思っていました。しかしいざ教員になってみると、内心はまったくの逆で、「なるべくルール作りたくねえ~!」と思っています。意外に思われるかもしれませんがマジです。

ルールで縛れば問題行動は減るかもしれませんが、子供たちが自分で判断して行動する機会を奪うことになります。これは教育の理念からいえばまったく逆のことで、学校というのは子供が自分で判断して行動し、問題が起きたらそれを反省できる場所であるべきなのです。

ですからなるべくルールで規制したくはないのですが、次のような理由があって、最低限のルールは必要になってきます。



ルールはなんのためにあるの?

まず、世の中のルールというものがどうして存在するかをお話ししようと思います。

ルールというのは、社会生活を営む上で、みんなが幸せになるためにあります。この、「みんなが幸せ」というのは、正確に言うと、「最大多数の最大幸福」を追求するということになります。場合によっては、ある人の幸せのためには別のある人が我慢をしなければいけないこともあるわけです。

ルールに疑問をもつのはいいことです。それはよりよい社会の追求なのですから。ただしそれが、自分や、同じ立場の人の権利だけを考えたものではいけませんね。社会や集団に属する、違う立場の人にとってもプラスになるかどうかを想像することが大切です。


「服装や髪型なんて自由でよくない?」と言う人は、人の姿に対して寛容な心をもっているのでしょう。それは素敵なことですが、そうではない人の立場を忘れてはいけません。ある髪型をかっこいいと思う人もいれば、威圧的で怖いという人もいます。まったくの自由ではみんなの幸せが守れないことがあるので、ときに制限が必要なのですね。


というわけで、中学校あるいは高校の校則で化粧が禁止されている理由のひとつは、「中高生が化粧をするのが嫌だと思う人が多いから」ということになります。


さて、この理由を聞いて、あなたはどう思いましたか。ひょっとしたら、次のような気持ちになっているのではないでしょうか。


A 中高生が化粧をするのを嫌がる人って、そんなに多いかな?

B 中高生の化粧を嫌がる人が多いのはわかるけど、その感覚は古いでしょ!

C 派手な化粧はともかく、ベースメイクくらいよくない?


A…と思った方は、ルール改正に向けてアンケート調査をしてみましょう。

B…と思った方は、世の中の感覚を啓蒙するための活動をしましょう。私も、「学生の化粧は禁止、社会人の化粧はマナー」みたいな風潮には疑問を感じますので。

C…と思った方は、続きを読んでみてください。



ルールの成り立ち

校則に限らず、世の中のほとんどのルールは、次のような原則にのっとって決められています。

  • ルールの厳しさは、マナーと責任に反比例する
  • みんなが守れるように、ルールは簡潔にする

前項でお話しした「ルールの目的」と、ここでお話しする「ルール成立の原則」を理解すれば、校則に対する疑問はおおよそ解消されるのではないでしょうか。


マナーを守れるなら、ルールは少なくてすむ

みんながお互いのことを考えて自重することができれば、ルールは少なくて済みます。ここで大事なのは、「みんなが」マナーを守れるということです。「私はマナーを守れます」ではだめなのです。

化粧がなぜ禁止なのかと疑問に思う人は、きっと人に良い印象を与える化粧ができる人なのでしょう。そういう人ばかりなら、まったく禁止にする理由はありません。整髪料もそうです。服装もそうです。

なぜ中学生は化粧や整髪料を禁止され、先生は禁止されないのか。それは、その集団の人間全員がマナーを守って、人を不快にさせないように気をつけられるかどうかの違いなのです。簡単に言えば、はっちゃける奴がいるから禁止されているのです。ていうか、だいたいは過去に問題を起こした奴のせいで禁止されています。

例を挙げれば、剃り込みとリーゼントをキメたツッパリが喧嘩とカツアゲに明け暮れたので、そういう髪型を見ると不快に思う人が増え、結果として整髪料禁止になったということです。同じように、暴力団の印象が強いので、日本では入れ墨が公衆浴場などで禁止されています。一度付いたイメージの払拭には長い時間がかかるのです。


責任がとれるなら、ルールは少なくてすむ

それにしても、法律では髪型や化粧を禁止していないのに、校則では厳しいですよね。お菓子や遊び道具を持ってくるのもいけません。どうしてこんなに管理されなくてはいけないのでしょうか。

これは、責任と規則の反比例法則によるものです。子供や学生は基本的に保護者や学校に保護されていて、間違いの責任を自分でとることができません。ルールや規制が多いと感じるならば、それ以上に手厚く守られているということです。


たとえば、ビジネスマンがはっちゃけた髪型にしないのは、それによる不利益を本人が被るからです。ところが中学生がはっちゃけた髪型にしたとしても、より大きなダメージを受けるのは周りの人達です。本人にはその被害を保障することができません。

遊び道具に関しても、子供は破損や紛失などのトラブルすべてを自分で解決することができませんね。また、手元におもちゃがあると学習への集中力も削がれてしまいます。同じおもちゃを持っている子供だけが遊べる状況も、小中学校には適しません。そういったトラブルをすべて自分で解決できるようになる年齢までは、ルールで守られる必要があります。

また、小さな子は火を使ってはいけなかったり、早く寝なさいと言われたり、ゲームの時間を決められていたりします。この場合、身体にダメージを受けるのは本人ですが、「本人が責任を負っているのだからいいじゃないか」とはいきません。その行為が自分に与えるリスクを理解していない子供に責任を押し付けることはできないので、かわりに保護者が責任をもって規制する必要があるのですね。


生じた問題を自分で解決できる能力があると認められれば、管理や規制を受けることはなくなっていきます。すなわち自立するということです。


みんなが守れるように、ルールは簡潔にする

ルールが複雑だと、理解することも守ることも難しくなります。

「ベースメイクはOK」とか、「高価なおもちゃは持ってきてはいけない」とか、「派手な髪留めはだめ」とかいうと、どこまでがベース? どこから高価? というふうに難しくなるので、「化粧は禁止」、「勉強に関するもの以外は持ち込まない」、「黒茶紺のヘアゴムのみ」のように明確にしなくてはいけません。「清潔な髪型」といっても定義が難しいので、昔の学校では男子は五分刈り、女子はおかっぱだったりしました。

簡潔にする。すると必要以上に厳しくなってしまいます。みんなが生きづらくなってしまうし、自主性も損なわれてしまう。だからこそ、なるべくルールを設けたくはないのです。



子供にルールを納得させるのはマジで難しい

ここまで書いてきたことは、とくに新しい論理とかそういうことではなく、ほとんどの大人なら感覚的に理解していることだと思います。

ただこれを、社会経験が乏しい子供に理解させるのは本当に難しい。シンプルに言って、この記事を全部読んでくれれば助かるのですが、多くの子供は大人に質問したときに、一秒で納得させてもらえることを期待しています。秒で説明できないと、「大人だってわかっていないじゃないか」というふうに思います。それは私もそうでした。

というわけで、ルールについて子供と一緒に向き合うときには、その子の理解できる範囲で説明して、感情的にも納得させてやることが大事になります。それはこの記事でまとめたことなんかよりもよっぽど難しいことなので、大人のみなさん、一緒にがんばりましょう。